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2007年08月25日
☆反日NHKの洗脳報道
≪公共の電波を使い反日報道を繰り返す報道局≫
歴史を意図的に歪曲し、火の無い所に火をつけるマスコミそれが、「NHK」だ。
浮島丸事件(うきしままるじけん)に関して、昨日たまたま出先でNHKニュースで流れていたのをTVで見た。
この浮島丸事件の概要は以下の通りである。
1945年8月24日夕刻、海軍特設運送船・浮島丸(4730総トン、乗員255名)が、便乗者3725名の朝鮮人労働者とその家族を乗せて、青森県大湊より釜山への往路、舞鶴寄航時に米軍敷設の2000ポンド音響式機械水雷(舞鶴鎮守府舞鶴防備隊報告)に触雷し、舞鶴湾内(京都府舞鶴市下佐波賀付近)で沈没、乗員25名の戦死、便乗者524名の犠牲をだした事件。
この事件によって被害に遭われた方、遺族の方々へ哀悼の意を表します。舞鶴では「浮島丸殉難の碑」が建立され、毎年慰霊事業が執り行われている。
事件発生直後は官民一丸となって全力で乗組員の救出が行われた。その結果、約3600人あまりの生存者を救出する事が出来た。
しかしその後、反日意識の高い韓国人やそれらに加担する勢力団体によって、日本に対して国の安全管理義務違反を問う国家賠償訴訟が起こされた。
その根拠が「火薬を積み込んだ、爆破装置がセットされているという噂」だけが根拠となっており、なんら客観的な証拠となりえず2003年5月の大阪高裁では「機雷による沈没」との至極妥当な判決が出された。その後、原告側は最高裁へ上告を行うも棄却され高裁判決が確定した。
原告側として提示されなければならない証拠すらまともに出されず、いわゆる「従軍慰安婦問題」と同じように当時の証言のみだけであり、起爆装置やダイナマイト搭載などの虚偽の情報に基づく「日本政府による爆破自沈」のでっち上げをはかり、更なる日本に対する「謝罪と賠償」を求めているのである。
機雷による爆破の証拠として、船体の損傷具合が機雷によるものであり内部爆発でない事が証明されており、なおかつ被害者や救助者に火傷や、大きな損傷、バラバラになった遺体などが無かったことなどが挙げられている。
そして、当時の舞鶴港は日本海軍の重要な拠点でもあり、終戦に向かう頃の舞鶴港周辺には「飢餓作戦」と呼ばれていた米国による無差別な機雷敷設が行われており、その数は11000基とも言われておりこれにより撃沈させられた艦船は670隻と言われている。ちなみにこの浮島丸の爆破も機雷による撃沈として正式な数に米国によってカウントされていた。
しかし、昨日のNHKの報道ではこうした事実を全く報道せず、隠蔽したまま「当時、日本軍によって強制連行された朝鮮人が乗った船が爆発、沈没した事件」との部分だけを強調し、あたかも当時の日本による陰謀で沈没させられた悲しき事件として取上げ、偏った印象操作、洗脳報道を行っている。
こうしたNHKはじめ、朝日・毎日などは事実確認を頭から行おうとせず片面的な感情的報道によって我々日本国民に対して自虐的罪悪感を刷り込み続けているのである。
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2007年08月22日
☆「靖国」新施設建設議論
≪今度の組閣で安倍内閣は政局内閣か政治内閣分かる≫
まだしつこく靖國について語ります。なぜならそれだけマスコミの報道が異常だから。
ちょっと冷めたかなって所にまた魑魅魍魎な記事が沸いて出てくるから。モグラタタキやってるじゃないんだからいい加減新聞社も諦めたらどうだ。
靖国問題 「新施設」論議を始めよう (信濃毎日新聞)
〜引用開始〜
小泉前政権の5年間、政治・外交課題の焦点の一つであり続けた靖国神社の問題が、安倍晋三政権になってからやや落ち着きを見せている。
15日の終戦の日、安倍首相は「参拝する、しないは明言しない」との姿勢を維持しながらも、参拝を見送った。閣僚で参拝したのは、高市早苗沖縄北方担当相だけだった。
戦争に駆り出され、心ならずも命をなくした人々を追悼する場は、誰もがわだかまりなく訪ねられるところでなければならない。靖国神社は歴史的経過に照らしても、問題が多すぎる。靖国に代わる「新しい施設」実現への論議を、始動させることを考えたい。
首相の参拝が問題化したきっかけは、中曽根康弘首相(当時)による1985年の参拝だった。「公式参拝」と位置付け、全閣僚を引き連れていた。中国の反発を招き、中曽根氏は翌年からは、首相としての参拝をあきらめている。
問題に再び火を付けたのは小泉純一郎前首相だった。2001年の自民党総裁選で「8月15日に、いかなる批判があろうと必ず参拝する」と公約し、政治問題化させた。昨年は実際、15日に参拝している。中国、韓国との関係悪化の代償を払いながらの公約実行だった。
追悼は静かな環境で行われるべきだ。内外の論争を招き寄せるようではまずい。安倍首相はこれからも参拝を自粛すべきだ。
ただし、首相が参拝しないだけでは問題は解決しない。
戦争遂行に大きな役割を果たした神社が、戦後の今、死者を悼む場としてふさわしいか−。問題の本質はこれだ。政治家が参拝する場合には政教分離の問題も出てくる。
昭和天皇が靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)を不快に思っていたことを裏付ける資料が、昨年以降、幾つか公表されている。天皇は「戦争に関係した国と将来、深い禍根を残すことになる」といった懸念を、側近に伝えていた。同じ気持ちの国民は少なくないはずだ。
▽A級戦犯を分祀(ぶんし)する▽千鳥ケ淵戦没者墓苑を拡充する−など、問題を解きほぐすためのさまざまな打開策が提起されている。その中で現実的なのは、国立の新しい無宗教の施設をつくる案だろう。5年前に福田康夫官房長官(当時)の懇談会が打ち出したものだ。
小泉前政権のときに悪化した中国、韓国との関係を、安倍首相は就任間もないタイミングの訪中、訪韓で改善した。靖国神社の問題を打開へ導くことができれば、政権の功績として後世、評価されるはずだ。
〜引用終了〜
もう間違いだらけのでっち上げだらけでよくもまあ社説に出来たもんだと感心するしかない。これって一種の歴史の捏造なのに新聞社だから反日に関しては何言ってもお咎め無しって所が戦前の朝日やらの報道体質とそっくり。こんなプロパガンダ垂れ流している新聞なんて金払って買う気が知れない。
安倍政権になって落ち着いたのはマスコミの方だろうが。安倍首相が参拝してくれないから突付くに突付けなかったからこの社説とは頭が悪すぎる。中韓に尻尾振ってりゃ何事も問題にならないのなら日本の首相ってえらく簡単な仕事だね〜。
誰もがわだかまり無く訪ねられるって日本以外も入ってるでしょ?何故他国の人間に配慮して英霊を祀らにゃいかんのかその理由を知りたい。それとどんな歴史的経過と照らし合わせて問題と言っているのか全く分からない。それがハッキリしなければ「新しい施設」議論も無いのではないか。
首相の参拝が表立って問題化したキッカケは先のエントリーでも言ったように朝日新聞が行った支那・韓国へのご注進報道による不断の努力の結果です。それで三木首相がするっと「私人です」って言っちゃったもんだから陛下も行けなくなってしまった。中曽根氏は何とか「公人」として行ける様に頑張ったけど土壇場で支那に肩入れしてしまったもんだからあえなく撃沈。理由は支那からの反発じゃ有りません。
しかし、小泉氏が政治問題化させたっていうのは一理ある。靖國神社というのは選挙公約などの政策と並べて論議する性質のものではないのだが、小泉氏は保守票を取りまとめる為に上手く靖國神社を利用しただけと考えられる。実際首相に就任する前まで参拝した事は一回も無かったし、なぜかマスコミ大きくそれを取り上げなかった。知ってて見ぬ振りをしたとしか考えられない。これも恐らく草加センベイグループの働きかけがあっての事だと推測しているがほぼ間違いない。
この記事を見過ごせなかった理由の一つとしてここの下りがあったからだ。
>ただし、首相が参拝しないだけでは問題は解決しない。
>戦争遂行に大きな役割を果たした神社が、戦後の今、死者を悼む場としてふさわしいか−。問題の本質はこれだ。政治家が参拝する場合には政教分離の問題も出てくる。
要するに何を言っているかというと「靖國神社を取り壊せ!」と言っているのである。ええ!?良いんですか?一方的にこんな宗教弾圧的な報道を垂れ流しても!
靖國神社は今も昔も国民からのお賽銭や浄財などで運営されているのに地方新聞社如きが「靖国神社をぶっ潰せ!!」なんてまあよく上の人間もこんな記事をよく通したものです。
所謂「富田メモ」はデマだと結果が出ているし、分祀すればドンドン霊が増えるって事もわかってないし、墓じゃない靖國を千鳥ヶ淵にどうやって拡充させるのかも不明。そして靖國で会おうと言って散っていかれているのに勝手に場所変えて霊がそこに行くとでも思っているのか?後世の人間の癖に傲慢極まりない話だ。
>その中で現実的なのは、国立の新しい無宗教の施設をつくる案だろう。5年前に福田康夫官房長官(当時)の懇談会が打ち出したものだ。
これも無知すぎて開いた口がふさがらん。
亡くなった方を「追悼する」という行為にどうやって「無宗教」の施設を作るつもりなのかサッパリ意味不明である。日本は支那のような唯物論者の集まりじゃないから守護霊とか先祖代々の霊というものが家族の守り神として昔から供養されてきたのである。であるから「亡くなった方」=「霊魂」を「追悼する」行為は宗教的な行為でありそれ以外の何物でもない。「無宗教・無信仰」であるならば「霊」など存在しないと考えられるものであるから追悼も祭りも何もできません。それでも魂の無い施設を作るというなら採算のの取れない無駄な公共事業となんら変わりが無い税金の無駄遣いだ。
>小泉前政権のときに悪化した中国、韓国との関係を、安倍首相は就任間もないタイミングの訪中、訪韓で改善した。靖国神社の問題を打開へ導くことができれば、政権の功績として後世、評価されるはずだ。
今度の組閣では一部の保守系論者からも「福田・谷垣」を考慮した人選をするべきだとの意見が恥ずかしげも無く出ている。これらの「国立追悼施設建設派」から閣僚が出るような事があれば安倍氏はまた更に保守層からも嫌われる事になり、今でこそ死に体のところにトドメの一撃となるのは間違いない。
参考リンク:Webアンケート「全閣僚が靖国神社参拝を見送り、あなたの意見は?」集計結果
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2007年08月19日
☆A級戦犯の当たり前話
今更感もありますが、こちらもイヤラシク掘り返してUPしておく事にします。
そして朝日の反論として補足不要で適切な記事を見つけたので、一緒にUP。
靖国参拝―静かな夏に見る変化(朝日新聞)
〜引用開始〜
敗戦から62年。靖国神社の夏は例年より静かだった。
小泉政権の間は、首相が自民党総裁選で公約した8月15日の参拝をするかどうかが関心を集めた。とくに15日参拝を断行した昨年は、首相を見ようと集まった群衆から「万歳」があがるほどだった。
それが今年はどうだろう。小泉氏の後継である安倍首相は参拝するともしないとも言わないとしつつ、姿を見せなかった。85年の中曽根首相の公式参拝以来、定例化した閣僚の参拝だが、今年は高市早苗内閣府特命相だけである。
全国戦没者追悼式で安倍首相は、アジア諸国への加害責任を認め、「深い反省とともに、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します」と語った。持論の「戦後レジームからの脱却」を思い起こさせる言葉はなかった。
一方、河野洋平衆院議長は、戦後日本は「海外での武力行使を自ら禁じた、日本国憲法に象徴される新しいレジームを選択して今日まで歩んで参りました」と述べ、逆に「レジーム」の継承をうたった。さらに「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、今もなお苦しんでおられる方々」という言い方で慰安婦にふれ、謝罪を述べた。
こうした変化が一時的なのか、時代の深い潮流なのか。即断はできないが、歴史認識の問題をめぐる最近の新しい動きが背景にあるのは疑いない。
ひとつは、参院選における自民党の惨敗だ。年金問題や閣僚スキャンダルに翻弄(ほんろう)された結果ではあるが、憲法改正や集団的自衛権の行使容認や歴史見直しなど、「美しい国」を掲げた復古的、保守的な路線が、国民の関心からズレていることが根底にあった。
靖国賛美派の基盤をさらに突き崩したのは、昭和天皇が靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)に反対だったことが史実として確定したことだ。
天皇が参拝を中断した背景に合祀があることは、関係者の間で指摘されていた。だが、昨年来、故富田朝彦宮内庁長官のメモや、故卜部亮吾侍従の日記、さらに歌人の岡野弘彦氏が故徳川義寛侍従長から聞いた証言でも裏付けされた。
このことは、天皇の意思をまず尊重する保守派の内部に、A級戦犯の合祀に対する疑問の声を広げた。
また、首相の参拝に関していえば、安倍内閣で修復した中韓との関係をこわしたくないという外交判断もあるだろう。
そして、国際社会の目も変化した。米下院の慰安婦決議から分かるように、過去に向き合わない日本への批判は、アジア諸国にとどまらない。
静かな夏の底流で進む変化を見落としてはならない。戦前の軍国主義のシンボルである靖国神社に戦争指導者をまつり続けることは、ますます受け入れられなくなってきた。小泉内閣で一度は検討した「新たな国立の追悼施設」の構想を再び動かすときである。
〜引用終了〜
まあ、左巻きにとってはいつものありがたい支那へのご注進報道を展開している朝日ですが、この記事自体が「弱気を挫き、強気を助ける」報道になっている事に気づいていないのか。
いや、今まで朝日はわかっていてこのご注進報道を続けている。今ほど靖國問題に関心を示していなかった支那が「A級戦犯」がどうのこうのと言い出したのは朝日がせっせと支那さま、韓国様はじめアジア各国へご注進報道を繰り返した”努力”の賜物である。
しかし表立って靖國を問題にしているのは支那と韓国のみ。フィリピンにいたっては「靖國神社」の存在すら知らない者が多かったのが現状であった。それは支那・韓国国民も同様。この本来”問題でない”問題が外交問題に発展し、支那・韓国の反日運動、反日教育のプロパガンダ化とされたのは皆様ご承知のとおり。
ではなぜこの朝日論調が「弱気を挫き、強気を助ける」報道になるのか端的明快に説明出来ている記事がこちら。
〜引用開始〜
今年の8月15日は、昨年に比べ、実に静かなものだった。
昨年は小泉首相(当時)が首相になって初めて「終戦の日」に参拝するということで、靖国神社は喧噪に包まれ、これでは英霊も休まるまい、と思ったものだが、今年は、安倍首相が日中関係の改善を念頭におき、
「(靖国に)行くか行かないか、行ったか行かなかったかを申し上げるつもりはない」
という曖昧戦術をとり、また、参院選の大敗もあって、摩擦要因を増やすまいとの思惑もあったのか、閣僚の中では、高市早苗沖縄北方担当大臣のみが参拝した。
靖国神社のことについて逐一、説明すると紙幅がとても足りないので、極めて簡潔に「靖国神社については何が争点か」と言われれば、それはいわゆる「A級戦犯」が祀られている、ということに尽きる。
「A級戦犯」を考える際にはまず、「戦争犯罪人」とは何なのかを明確にしなければならない。統治機構が秩序を維持している国内と違って、国際社会ではいまだ公正中立な裁判所も検察も警察も存在しないからであり、いわば万やむを得ざる概念として、国際法上依然として戦争そのものが合法であることを理解しなければならない。
ただ、合法であるからとはいえ、戦争においては「何でもやってよい」か、ということでは断じてない。あくまで、戦争を行う上にもルールが存在する。それが戦時国際法規である。戦争を完全に国家間の行為として、絶滅させることは難しいが、なるべく悲惨さ、残虐さを軽減させるためのルールである。1907年に制定されたハーグ陸戦法規、1929年の捕虜の待遇に関するジュネーブ条約、1949年のジュネーブ条約追加議定書等々がある。
大まかにいえば、これらの戦時国際法規が禁止するのは、戦闘行為中における捕虜の非人道的扱い、非戦闘員、即ち一般市民や軍人でない者に対する無差別攻撃、毒ガス等の残虐な兵器の使用、有事・交戦状態におけるスパイ行為である。
これら禁止された行為を戦争中に行った者を「戦争犯罪人」とするのが、国際法理であるのだが、大東亜戦争の後に開かれた極東軍事裁判、即ち東京裁判で「A級戦犯」として訴追された人々は、凡そ上記の禁止行為を行ったものは皆無である。
戦時国際法規が規定する戦争犯罪にない罪が訴因になってしまったのである。それは、「平和に対する罪」と「人道に対する罪」である。つまり、ある人間を処刑するために処刑する法律がないので、後から作ってそれを当てはめるという近代法概念からすればあるまじき「事後法」によって裁かれたのが東京裁判であり、「A級戦犯」なのだ。
靖国参拝を忌避する政治家の多くは、「A級戦犯」が合祀されていることを理由にするが、そういう態度は、実は「勝った者、強い者は恣意的に国際的なルールを変更しても構わない」ということを認めてしまっているのである。これを改めない限り、人類の歴史、文明に進歩などありえようか。
東京裁判を認め、受容するがごとき姿勢は「強い者のなしたことのみが正義」という観念を称揚し、これまで人類が、多くの血を流しつつも、少しでも戦争の悲惨さが軽減されるように、そして国際社会における紛争を解決する手段としての「戦争」の敷居が高くなるようにと、少しずつ積み重ね上げてきた「知恵」を台無しにすることなのである。
それに異を唱え、「勝てば官軍」の世界にストップをかけることこそ今、必要なことではないか。
そう考えると、結局「戦後レジームからの脱却」という旗印を掲げた安倍内閣も靖国神社について、文明論の文脈ではなく、政局の範囲内でしか考えていなかった、ということは何ともいえない寂しさ、わびしさを感じてしまう。そもそも、内閣だけの問題ではない、ということはわかっているのであるが。
〜引用終了〜
すばらしく的確にかつ、短くまとまっているコラムではないだろうか。このような社説を書いたことのある新聞社は見た事無い。
本来の「戦闘終結日」は9月2日であり、8月15日に参拝する事だけがすべてではない。(終戦記念日ってなんなんだ?未だに何が記念なのか意味不明である。)
しかし、この8月15日というのはわが国の元首である天皇の「玉音放送」が全国民に流され、日本の敗戦を決定的に知らしめた屈辱の日でもある。
英霊の皆様は「私人」の感情を堪え、「公人」としてわが身を投げ打つ覚悟をもって戦場に散っていった。この献身的な行為に後世の政治家が、「私人で・・・」などと言って参拝する事がどれだけ英霊を侮辱し、遺族を蔑ろにする言動であるかどうか頭を使わなくてもわかることではないのか。
高市早苗氏、東国原宮崎県知事はよく参拝に行った。が、「私人で」とな・・・。実に惜しい。行かない連中よりかは何百倍もマシなことは確かだが納得できる言動じゃない。厳しい意見だが我々や貴方たちよりも強靭な意志と愛国心を持っていたのはやはり英霊の皆様だった。
テレビ・マスコミによってまず白痴化されたのは我々国民ではなかった。真っ先に狂いだしたのは反日・似非保守政治家の皆様であったのだ・・・。
いわゆる「A級戦犯」をもう一度勉強しよう。
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2007年08月16日
左翼か!?右翼か!?
≪難しい話をしない左右の簡易判定方法≫
久し振りになんとなく他のブログを覗いていると面白く良いエントリーを見ました。今日はちょっと力を抜いたエントリで。
お花畑と言われそうですが・・・(ねこプラどんぶり)さん
自分から「お花畑と言われそう・・・」だと思いながらUPされたエントリーってどんな内容だろうと興味津々になってポチッとクリックしてみたわけです。
いきなりラストから引用させていただきます。
「左翼と手を取り合うなんて冗談じゃない!」
なんて声が聞こえてくる気もしますが・・・。
ひとつの考えですのでお許しください。(^∇^;
いっその事、右左っていう名称をやめたら大丈夫かな。
精一杯ご自信で考えていらっしゃる最中みたいなので、そこに私が持論を展開して無理矢理自分の思想範囲の中に引きずり込む強引なやり方は好きじゃ無いんでサラッと下のようなコメントを残させていただきました。
「神の国へ」dandyです。
良いブログとエントリーですね。
政治・思想に疎い人にとって思考のソフトランディングしやすい文面で、あまり他のブログへコメントしない私も何故だか癒され感が残ったのでついコメントを入れてしまいました。
これほどのエントリーをUPされていらっしゃるのですから全然「お花畑」ではないと思いますよ。
近所のおっちゃん捕まえてココまで論じさせようとしても出来ない人が殆どですし。
さて、dandyも左右など全く気にしない人です。ブログ内容見れば「極右」に見えてるのかも知れませんがそんな事はどうでも良いです。ですから思想の勉強は敢えて全くしていません。無意味だと感じているものですから。
誰でも、左右どちらでも180度回転すればいつでもどちらにでもなれます。
が、重要なのはその回転途中でしょうね。
回転途中で一旦立ち止まれるか・・・どうかだと私は思います。立ち止まれると違う道も見えてくるでしょうし。
そんな、回転途中で立ち止まって考えているエントリーだなと感じた次第です。
自説展開失礼しました、頑張ってください。
まずキッパリ言いますが、きょーちゃんさんは御自身が「左翼なのかな・・・」と不安?がられていらっしゃるようですが私から見れば全く左翼にはみえません。どちらかと言えば右翼です。
自薦他薦問わず「左翼」と呼ばれている方で直球に維新政党・新風の政策提言を支持していらっしゃる方は見た事ありません。(核武装論には慎重派だそうです)バリバリ左翼で新風を応援している人を見つけたら是非教えていただきたいですね。
ここで私が言いたかった事をハッキリ言うと、「右か左かどうかはエントリーを見る人が判断するから今ご自分で無理矢理立ち位置決める必要も無いのでは?」という事です。(憲法9条があれば将来もずっと平和だと言い放っている人を見ればそれはまさしく「お・花・畑」としか形容しようがありません。)
わかり易い例を挙げれば、極右評論でおなじみの瀬戸氏はブログタイトルから見ても明らかに”右翼”ですよね。さらに”極=ラディカル”までしっかり付いてます。しかし、コメント欄へ書き込みされる方の意見を見ると、「瀬戸さんが中道なんですよ、今の日本が左に傾きすぎだ」との意見をよく見かけます。
太陽の帝国の柳生氏は「保守・右翼と宣言はしていない!」とコメント欄でもご自身で仰っておられますが、周りの方から見れば「どう見ても右翼だよ」と思う方もいらっしゃるわけです。
つまり、自己申告制の右・左はあまりアテにならないと思っておいても問題ないということです。一人ひとりの主観によって見事に変わりますから。
私も前々から「右でも左でもどっちでも良い」と言って来ました。とはいえ周りから客観的にどう見られているのかな?と気になった事がないと言えば嘘になるでしょう。しかし結果、お付き合いのある方々は見事に皆さん右よりな方々(語弊があったらスミマセン)ですから、「ああ、私は世間一般的に右よりの人間だったんだ」という事になります。
そこで私の独断と偏見で人気ブログランキング上位の方のブログを「左・右」勝手に振らせてもらいました。「俺の所は右じゃねえよっ!」とかいうのはご勘弁ください。本当に勝手な主観ですから。横のコメントは意味不明多しです、気になさらないで下さい。
・1位 博士の独り言 正統派な右。
・2位 極右評論 右しかありえない。
・3位 この国は少し変だ!よーめんのブログ 突撃隊長的な右
・4位 東アジア黙示録 参謀的な右
・5位 反日議員を落選させる会 右の会
・6位 暇人凸撃隊 右だと思う。
・7位 灰色のベンチから なんとなく左(あまり見ない)
・8位 嫌韓のススメ 右寄り、私はすでに50%諦韓です。
・9位 [公式] 天木直人のブログ わかり易い左
・10位 やじざむらい的日々雑感 右でしょう。
・11位 厳選!韓国情報 厳選して右
・12位 アジアの真実 アジアの右側(意味不明)
・13位 ゴーリキーの部屋 熱湯浴を取られましたが右でしょう。
・14位 訳わからん このシャバは 右寄りだというのはわかります。
・15位 喜八ログ たぶん中道ですか?
・16位 東洋の魔笛 右へポールシフト
・17位 閣下の憂鬱 右
・18位 らんきーブログ 左
・19位 日本がアブナイ! 左寄り
・20位 EmpireoftheSun太陽の帝国 間違っても左とは言えない右
・21位 PRIDE OF JAPAN 右の誇り
・22位 お玉おばさんでもわかる政治のお話 左
・23位 台湾は日本の生命線! 右の生命線
・24位 Doronpaの独り言 右
・25位 のんきな日本人 右
20対5で右の勝ち!という趣旨ではありませんのでご注意ください。
今回左右久々に意識して他のブログを拝見させていただきました。
久々にあまり意味なさげでありげなエントリーでした。
左右を今一度確認してみても面白い。
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2007年08月15日
☆靖國、終戦への祈り
≪七生報国の精神を呼び起こすべし。≫ 【ブログランキング】
遊就館にて掲示されている英霊の方々の遺書を見ると思わず胸が熱くなるものばかりです。「なんて純粋な方たちばかりなのだろう」と。
それに自分よりも若い年齢の方も含め皆様、文章が才を帯びているかのごとく達筆なので、自分の文識の無さに情けなくなるばかりです。これでも拙ブログを読んでくださる方がいらっしゃる。本当にありがたい事です。
この8月15日を迎えるたびに自分も含めて今の日本人と、戦前当時の日本人との精神の断絶はますます深いものになっているのではないかと危惧する。しかし現実その溝は深まるばかりであり、苦渋の決断をし、決死の覚悟で戦場に散っていった英霊の皆様がこの日だけ生き返ってくださるならば、もう一度体たらくになった日本人に渇を入れていただきたいと思うのは私だけではないはずです。
首相「閣僚の靖国参拝、個人の自由」(日経新聞)
〜引用開始〜
安倍晋三首相は13日、全閣僚が終戦記念日の15日に靖国神社に参拝しない意向を示していることについて「靖国神社に参拝することは当然閣僚といえども個人の自由で、それぞれの見識で判断される」と述べ、各閣僚の判断に任せる考えを示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。(22:01)
〜引用終了〜
英霊の皆様がなんと言われて行かれたか今の政治家はわかっているのか。
「七生報国」
七回生まれ変わっても国を護ると言い残して行かれた英霊の皆様へ祈りをささげる事すら出来ない腑抜けの政治家に命がけの政治など出来るわけが無かろう。自民党・民主党・・・党派など関係の無い話である。
戦後の直後のわが国の国会ではあらゆる党派も全会一致で戦犯と貶められた英霊の皆様の赦免を訴えた。このときの気概すらない腰抜けな政治家に命を張れと言われてもそれは到底無理な理想論なのだろう。
米国・支那(中国)・ロシアは核兵器をわが日本へ照準を合わせている言わば「仮想敵国」である。そして北朝鮮は質こそ粗悪なれどどこに着弾するかわからないような弾道ミサイルを恐喝アイテムのひとつとして日本に圧力を掛け続けている。米国にいたってはいつでも首都東京を制圧できるようなポジションに軍事基地を配備している。
まあ、そこまで侵食されたら日本もある程度言う事聞かないと国益に反するという意見もわからなくは無い。しかし未来永劫それで良いのか?
「個人の自由」だと?
では、英霊の皆様は個人の自由で死んでいったのか?国家の威信をかけ、一丸となっていかれたのではないのか?そこに個人の自由などという悠長なポピュリズムを挟む余地などあったであろうか?「私人」としての立場を押し殺し、葛藤し、最終的に「公人」としての立場を優先させ戦いに挑んだ英霊の方々。
「私人」の立場を最優先する似非政治家の貴様らには参拝など気軽にしていただきたくない。もう、冒涜するのもたいがいにして頂きたい。マスコミの論調など言語道断である。
二度とそのような国家状況に陥らないように身体と命を張っていかねばならないのが政治家の宿命ではないのか。そもそも命を張る覚悟など今の政治家にはないのだろう。
私は選挙前の大阪勉強会で、
「靖國神社は宗教では無い。神道は八百万の神の上で成りたっており、宗教ではなく古くからの日本特有の信仰であり、キリスト教や他の宗教のような一神教ではない。亡くなられた英霊を祀られている靖國は国家祭祀の場として位置づけるべきだ。宗教法人格など必要ない、国家で護るべきだ。」
との趣旨を述べました。
この考えは生涯変わらないでしょう。今年は誠に申し訳ないのですが、事情あって靖國さんへ行けないので大阪市住之江区にある護国神社へ参りに行こうか・・・。
英霊の皆様の思いを少しでも多くの方へ・・・
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(8月15日追記)
書き忘れましたが、終戦日(戦闘終結日)は8月15日ではなく、正確には9月2日の降伏文書に調印した日が事実上の終戦日です。お間違いなきようお願いいたします。
2007年08月13日
☆まだ農薬まみれを食べれる?
有機食品、「食の安全」で弾み・伊藤ハムなど17社が統一ブランド〜引用開始〜 食品17社の統一ブランドは「オーガニック・ギルド」で、参加するのは伊藤ハム、日本製粉のほかカルビー、紀文食品、三井農林、キーコーヒー、新進(東京・千代田)など。輸入食品やブランド管理は新進の関係会社でブランドと同名のオーガニック・ギルド(同)が担当する。(07:00)日経新聞 |
〜引用終了〜
誠に良い事です。
昨今は支那産のあらゆる農作物や食品の安全性が懸念されている所ですから、消費者の立場からすれば我が家族に安心して食卓に出せる食べ物が増えると言う事は健全な食育をする上で非常に重要な要素の一つです。
(ちなみにハムなどの肉類は日本人にとって基本的に嗜好品である為、常食するべきではないと言うのが当管理人の考えです。)
支那産のあらゆる食品危険性の情報リークは米国の貿易赤字・経済摩擦に対する報復措置の一環でもあるわけですが、我が日本もこれを機に国内の食糧自給率UPの対策と同時に、「安かろう、悪かろう」という農作物作りではなく、少々手間がかかっても安全な食べ物を日本の食卓に届けられるような政策をするべきだと思います。
有機栽培の農作物は何か特殊で高いというイメージがあります。
しかし、戦後の大量消費社会に至るまでは普通に農薬を使わず自然な状態で食物を育てて食べてたわけです。四季の旬の物を出来る限り自然な状態で頂くいてきたのが我々日本人の食文化であり、日本人の体型はそれに順応できるような構造になっています。ですから有機栽培が特殊なのではなく、農薬を大量散布して作られている農作物の方がよっぽど特殊で危険な食べ物だと認識しなければなりません。
更に言えば、あらゆる農薬や添加物、合成保存料などの人体に有害な物質を長年食すれば様々な慢性病などの疾患を招く事は誰しも容易に想像付く話です。少しならば我々の体は有害な物質を自己遺伝子と照らし合わせて非なる物と認識して、体外へ排出してくれますがこれが延々と与えられ続ければその機能も低下してきます。
と言う事は、安全で安心な食べ物を頂く事は日本人の健康維持に寄与するだけでなく、毎年増え続けている医療費の削減にも繋がるわけです。
救急や産科などの人員不足は今後の課題として議論の余地がありますが、「病気になったらとりあえず薬を投与しておこう」などという安易な対処療法一辺倒な現代医学は根本的に見直されなくてはなりません。病気になっている原因を研究し、その予防をする事が医療問題を解決する要素の一つだと言う事を我々国民の側から訴えていかなくてはならないと思います。石頭の医師会や、利権にまみれた厚労省医薬局の人間ではこの白い巨塔にメスを入れることなど到底出来ません。
病人が減れば病院も要らなくなるし、医者も要らなくなる。そして医療費が安くなる。言われれば「そうか」と、当然思える事を誰一人として声高に訴える者はいません。
そして、高いと言われる有機栽培野菜も、需要が増え、供給も同時に増えればれば当然単価は安くなります。そうした有志ある農家の方々への支援策を施したり、食糧自給30%台(カロリーベース)という先進国の中ではダントツに低い水準を誇る我が日本は、その改善政策として農業の一部を国営化するなどの国策を実行しなければなりません。
自分の国を自分で守れない、自分の国で食糧を賄えない国は滅び行く運命にあります。
米国からの年次改革要望書に言われるがまま政策の代償は我々国民が払わされているのです。コメの完全自由化も、牛肉の件もそうです。この国の根幹に関わる主食部分の悪政が「安かろう、悪かろう」という悪い部分で食文化の欧米化を促してしまったわけです。
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2007年08月11日
☆はだしのゲン。
≪はだしのゲンをテレビで久々に見た≫
はだしのゲンは私が小学生の時にクラスの本棚に並べて置いてあったので休み時間に一生懸命読んでいた記憶がある。
(原作者:中沢啓治氏、読売新聞から)
その内容は子供には非常にリアルでショッキングな絵ばかりだったので今でもは鮮明に蘇えってくる。しかし今回のドラマでは以外にも特高などが登場する原作と比べればいささか当時の国家体制に批判的な部分に関してソフトタッチになっている事に驚いた。原爆投下後の町のシーンもマンガの方がもっとリアルだった。原爆の被害映像の部分を除けば家族愛を描いたフィクションドラマといった感じに仕上がっている。
しかし、小学生の時に見たときもショッキングであったが、今見てもショッキングな物に変わりは無い。
そして、よくもまあ米国はこんな残虐非道な事をやらかしておいてシャアシャアと「原爆のお陰であの戦争は終わった、我々は正しかったんだ」などと言えるもんだなと、改めて怒りをあらわにせざるえない。
罵詈雑言は基本的に使わないが、これこそまさしく「鬼畜米英」と呼んでも何の差支えもないでしょう。
戦争の是非云々の論争はさておき、私が今回このドラマの映像だけを見て思った事は「果たしてこの中岡大吉という主人公ゲンの父上は今で言う所謂「左翼」と呼ばれるような反戦・護憲一辺倒な父親であったか?」と、言う事である。
ドラマを何も考えずに思考停止して見れば、父親は「反戦・反戦」というあたかも平和主義者のように映ってしまう。が、しかしよくよく考えてみればこの父親は「家族を守る為なら自分の命を投げ出してまで守り、戦う父親なのではないか」と言う事である。好き好んで戦闘で殺戮をしたいなどと間違っても思わないが単なる反戦主義者ではないということではないか。
このブログでも常日頃訴えている事と符合するのがこの部分である。
「自分の国は自分で守れ、自分達の家族は自分達の手で守れ」
私はゲンの父親はこのごく当たり前の事を訴え、実践しようとしていたに過ぎないのではないかと思うわけです。
ゲンの父親が国際法の知識があったかどうかは定かではないですが、日本本土の民間居住区域に無差別爆撃や攻撃があると言う事は現時点で日本に本土防衛する余力も残っていない、「日本は戦争に負けている、いや負けるだろう」といち早く察知していたのではないか。それなのに我が国は根こそぎ自国民を戦闘へと狩り出している。これが国民を守る義務がある国家のやる事かと。
ゲンの父親はそう思ったのでしょう。
現在の価値観が入ってしまっているので正確に当時の方々の想いを汲み取る事は私には不可能です。しかし、少なくとも今は国民が国家を支え、国家は国民を守るという当然の義務を果たさなければならないのは自明のことです。
しかし、私も私の家族・国家が殺されそうな時、もう殺されるしか道がないと分かれば災いをもたらす者に対して最後の渾身の一撃を食らわせて死にたい。
だから特攻へ志願された英霊の方々を犬死だと蔑み、罵る者は断じて許しがたい。願いもしない戦場へ行かなければならなくなった英霊の皆様に毎年哀悼の意を表する事は我々後世に生きる日本人の責務なのではないかと思うのです。
原爆は使用されれば通常の兵器よりも甚大な被害をもたらすまさしく大量破壊兵器です。しかも、我が日本の周りはそれを発射準備まで完了している国々、支那(中国)・ロシア・北朝鮮などに囲まれているのです。
そして、精神的にも経済的に侵食が進んでいる。この部分は米国も含めなければならない。
紙切れ一枚の憲法9条と、非核三原則でどのように国を守っていけるのか。「核の無力化」と訴える者が居るが、果たしてどのようなプロセスを通じてそれを達成しようと画策しているのか。
戦場で散って行かれた英霊も、ゲンの父親も己の国と家族を守るという気持ちに変わりは無かったはずです。(原作者は私と全く違う思想と意図を持って描かれていますが、本エントリーは敢えて自分なりに解釈をしてみた。)
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2007年08月08日
☆民主、小沢一郎氏の核武装論
≪「核武装は簡単」、自由党 小沢一郎党首≫
毎年恒例の時期になってきたのでここで先手打っておきましょうか。
2002年ごろの小沢一郎氏はこんな事を言ってました。
自由党小沢党首は「核武装は簡単」と発言
自由党の小沢一郎党首は4月6日、福岡市内で講演し、「中国は超大国になろうと軍事力増強にいそしんでいる」とした上で、最近小沢氏に会いに来た「中国共産党情報部の人」に語った内容だとして「あまりいい気になると、日本人はヒステリーを起こす。(日本が)核兵器を作るのは簡単だ。その気になったら原発のプルトニウムで何千発分の核弾頭ができる。大陸間弾道弾になるようなロケットを持っている」と述べて、中国を強く牽制(けんせい)したことを明らかにしました。
≪関連記事≫
自由党・小沢一郎氏「核武装は簡単」 中国側に軍備増強を牽制(2002.04.07 朝日朝刊)
小沢一郎・自由党首が福岡市で講演 「日本だって核弾頭の4000発くらい持てる」(2002.04.07 毎日朝刊)
その気になれば核弾頭保有 小沢党首が中国けん制、日本「核武装」論に言及(2002.04.07 読売朝刊)
小沢党首 中国の軍事化牽制 「日本は一朝で核を保有」(2002.04.07 産経朝刊)
中川昭一氏の「核議論」発言よりも何倍もサプライズな発言ですね。この頃の小沢一郎氏と今の同氏は全く別人のようで気味が悪いです。なにをどうしたらこんなに主張が180度変わるんでしょうか、理解不能です。ハニトラにでも罹ったのかと疑わざるえないでしょう。猫かぶりどころの話ではないですね、誰かと狸の化かしあいでもしているのでしょうか。日本を支那にくっつけて支那のバブル崩壊もろとも日本も道連れにしろと誰かから指・・・(ry
そして、靖國神社に関する発言。
「第104回国会 地方行政委員会 第5号 昭和六十一年四月二日(水曜日) 」での国会答弁で、その時の小沢一郎である。(当時 自民党所属 国務大臣時代)
その時に小沢一郎氏はこう答弁している。
〜一部抜粋〜
○国務大臣(小沢一郎君) この問題(閣僚の靖国公式参拝問題)につきましては、靖国神社は一般的に常識的に言って戦没者を祭っておる、その追悼ということでだれもが自然な気持ちで行くべきものであろうと思います。したがって、私もいわゆる自分のそのような気持ちがわいてきたとき、そして時間が許せば靖国神社の参拝は今までもしておりましたし、するつもりであります。
ただ、こういう問題、基本的には私は余り形式張って考えるのはよくないんではないかと思っております。したがって、今までも私は学校の生徒みたいにみんなで一緒にという参拝の仕方はしておりません。自分にそういう気持ちがわいて、そして機会があって参拝をしたことは何度もございます。したがいまして、それは大臣になってもその気持ちは変わりありません。
○国務大臣(小沢一郎君) 公式参拝というのは、いわゆる国務大臣の任にある者が参拝するというケースを言うのであろうと思います。ですから、私の考えは国務大臣であろうがなかろうが、現在はなっておりますが、今申し上げたような気持ちで今後も行いたいと思っております。
○国務大臣(小沢一郎君) 基本的に、お国のために一生懸命、その是非は別といたしまして戦ってそれで亡くなった方でありますから、そういう戦没者に、参拝することによって誠の気持ちをあらわす、また自分なりにそれを考えるということであろうと思います。したがいまして、A級(戦犯)であろうがB級(戦犯)であろうがC級(戦犯)であろうがそういう問題ではないだろうと思っております。たまたま敗戦ということによって戦勝国によって戦犯という形でなされた人もいる。あるいは責任の度合いによってABいろいろなランクをつけられたんでありましょうけれども、その責任論と私どもの素直な気持ちというのはこれは別個に分けて考えていいんではないだろうかというふうに思っております。
〜ここまで〜
我々もずっと変わらずこの時の小沢一郎氏の気持ちのように、靖國神社や各地の護国神社へお参りし続けたいと思います。
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2007年08月06日
☆原爆投下はしょうがなくない
≪核議論の前に改めて肝に銘じておかなければならない事がある≫
(※以前UPしたエントリーの再掲です。)
持つか持たないか、どうするか議論する前に最低限抑えておかなければならないことがあります。
それは、『核を持つには、持ったら、そして使用すればどのような事態になるのか』という事です。
これは核を実際に実用できる段階まで持っていくのに、日本は核実験自体を何処で行うのかなど問題も出てくるわけです。核実験による、自然や人体への影響も考えなければならない。そして一体何処で保管するのか。保管場所の防衛強化も必要になる。
ただ単に相手が持ったからこちらも持たなくてはならないと言う端的な論法に関しては、ここは日本であり北朝鮮ではないのでまずありえない。
そして実際に使用すればどうゆう事になるのか。
これ以下のリンク先は非常に刺激の強い画像が有りますので、心して、注意してご覧ください。(心臓の弱い方はご遠慮ください。)
原爆被害の記録
広島原爆写真館
1945年8月6日午前8時15分に、米軍のB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」により、原子爆弾「リトルボーイ」が広島に投下された。これにより、一瞬のうちに約14万人が死亡し、市街はほぼ壊滅状態となった。 その後の被爆死亡者を含めると推定30万人もの死者を出した。
この歴史的悲劇から目をそむけないために、犠牲者の霊を慰め、世界平和を祈るために、毎年広島市では原爆慰霊祭が行われている。
今年もやはり黙祷を捧げた。亡くなった人数自体は第二次世界大戦全体から見れば多くはないのだろうが・・・やはり今年も広島に向かって黙祷していた。
原爆爆発の熱線による表皮が炭化するほどの重度の火傷を負った者、熱線による建物火災などの二次災害での焼死、爆風によって飛散した金属やガラス片等での重傷、爆風によって吹き飛ばされ建物に打ち付けられて死亡、体への強い衝撃により眼球や内臓が体外に飛び出すといった状態のものもいた。そして二次被爆、放射線症、胎内被曝、精神的影響など長期に渡って苦しめる原因となった。
いろいろ考えるのだがやはり何年経っても「日本に降伏を促すために投下した」と言うのは受け入れがたい愚見である。
広島に居た人たちを目的達成のために(原爆威力実験、日本の戦争降伏など)殺して日本政府に要求を受け入れさせる。
家族を人質に取った凶悪犯と同じではないか、目的が達成されるまで人質を殺し続ける大量虐殺にほかならない。当時の米国によるただの殺人行為である。
しかし、その米国に至っても第二次世界大戦以降は一度も使っていないし、核兵器を持っている国に対しては戦争すら仕掛けていない現状がある。
果たして、日本は実際使えるのか?
その答えは限りなく『使えない』に近いだろう。
当時米国が原爆投下した本当の狙いはなんだったのか?誰が仕組んだのか?その答えの一部が下記のサイトでUPされております。
「原爆ホロコースト」の実態
この世界歴史の真実は未だに語るのもタブーとされている者に支配されている事を頭の片隅に記憶して頂きたい。我々日本もその輩どもの手のひらで踊らされている一部の人種に過ぎないのかもしれない。
これは今回核実験を行った北朝鮮や、米国、ロシア、イギリス、フランス、ドイツ等の各国も然りである。
私は核議論の話をする上で実際に被害に遭われたか方々のことをまず最初に思い浮かべるようにしています。これが日本人自身の核に対する認識の原点であると思います。そして自己暴走を止める自己抑止力となると考えています。 非常に重要な事です。これを抜きに核云々は語るべきではないと思います。バランス感覚が重要だと思うのです。
原爆で亡くなられたすべての被害者の方々へ黙祷。
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2007年08月05日
☆靖國、第二の富田メモ
| A級合祀「禍根残す」 昭和天皇が懸念(中国新聞) |
| 昭和天皇のA級合祀反対 『関係国と禍根残す』元侍従長発言、歌人に語る(東京新聞) |
| A級合祀「禍根残す」 昭和天皇が懸念(東京新聞) |
| A級合祀「靖国の性格変わる」 昭和天皇が側近に(朝日新聞) |
| 昭和天皇、A級合祀「禍根残す」 元侍従長、歌人に明かす(中日新聞) |
〜朝日新聞から引用開始〜
靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)について、昭和天皇が「戦死者の霊を鎮める社であるのに、その性格が変わる」などと憂えていたと故徳川義寛・元侍従長が語っていたことがわかった。歌人で皇室の和歌の相談役を務めてきた岡野弘彦氏(83)が、徳川元侍従長の証言として、昨年末に出版した著書で明らかにしていた。
著書は、「四季の歌」(同朋舎メディアプラン)。同書によると、86年秋ごろ、徳川元侍従長が、岡野氏を訪れた。3〜4カ月に1度、昭和天皇の歌が30〜40首たまったところで相談するため会う習慣になっていた。
その中に、靖国神社について触れた「この年の この日にもまた 靖国の みやしろのことに うれひはふかし」という1首があった。
岡野氏が「うれひ」の理由が歌の表現だけでは十分に伝わらないと指摘すると、徳川元侍従長は「ことはA級戦犯の合祀に関することなのです」と述べたうえで「お上はそのことに反対の考えを持っていられました。その理由は二つある」と語り、「一つは(靖国神社は)国のために戦にのぞんで戦死した人々のみ霊を鎮める社であるのに、そのご祭神の性格が変わるとお思いになっていること」と説明。さらに「もう一つは、あの戦争に関連した国との間に将来、深い禍根を残すことになるとのお考えなのです」と述べたという。
さらに徳川元侍従長は「それをあまりはっきりとお歌いになっては、差し支えがあるので、少し婉曲(えんきょく)にしていただいたのです」と述べたという。
昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示していたことは、朝日新聞社に対する徳川元侍従長の証言(95年)や、富田朝彦元宮内庁長官のメモ(06年)、卜部亮吾侍従の日記(07年)でも明らかになっていた。
〜引用終了〜
何か裏で申し合わせをしたかのように一斉に喚き出すマスコミ諸君。
本当に己らは戦時中の一極的報道体質を反省しているのか甚だ疑問であります。
靖國の性格を変えたのも、関係国と禍根を残している原因の一端を担っているのも新聞社自身だという事をわかってやっているとしたら、天皇を盾にして己らの道義的戦争責任を回避するためのカードとして利用しているようにしか見えない。
要するに、天皇を「平和の象徴」として祭り上げる事で己らの報道責任を有耶無耶にしようとしているということです。
新聞社だけを保護する専売店制度を即刻廃止するべきだ、新聞の再販制を禁止し、自由競争させるべきだ。他のメディアと同様面白くなければ買わないだけの話であり本来であれば独占禁止法違反に相当するではないのか。なぜ新聞だけが手厚く市場を保護されているのか。
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